進化と退化と「開発」

 携帯電話が一般に普及し始めたのはいつごろからだろう。

技術開発は1970年代から取り組まれていたようだが、90年代の半ば過ぎまでは少なくとも一般的ではなかった。

いずれにせよこの20年くらいで急速に普及し、今では日本ではそれを保持しない人はよほどの「変人」である。


 便利になった。外にいようが、車に乗っていようが電波の届く限り必要な時に通信できる。

最近はスマホなどといって、ネットを通じてどんな情報でも入手できるし、データも保存できる。

電車の中では乗客の9割が、黙々と携帯とにらめっこをしている。

中には携帯ゲームに興じて独り奮闘の形相をさらしているご仁もある。


 携帯が一般化することで、コミュニケーションの可能性が広がった。

いつでも知人と交信できる。友人ばかりか見知らぬ海外の人と即座につながることも可能だ。

携帯GPS機能を使えば、自分が今どこにいるのか方角を確かめることもなく行きたいところまでの道筋を示してくれる。

現金を持たずに携帯を使って電子決済することもできる。

全く便利になった。技術の進歩がかくも日常生活を一変させるものかと、小子は人類社会の発展に賛辞を送るのみである。


 しかし、携帯を使いこなして便利さを手に入れた人間諸君が「進歩」しているかといえばどうも話は簡単でない。

携帯が一般化するにつれて人々の日常行動や規範は明らかに変化してきている。

コミュニケーションの方法と意味は明確に変わった。

仕事ではなく日常生活の中で使われる携帯の通信通話内容の9割以上は、交わさなくてもよい内容だろう。

若者のツイッターとやらをのぞいてみると、A「何?」、B「しらん」、A「ぼけ」…と、それ自体にはほとんど意味のない内容をめぐって短い言葉が行き交っている。

伝える内容よりも、通信している行為自体に、そして相手とつながっているという実感を持つこと自体に、どうも意味があるようだ。では、人間関係が密になっているのかというと携帯の普及と反比例するかのようにそれは希薄化している。

携帯に慣れた若い世代ほど、悩みごとを友人に相談しない。

人に本音を吐露することなど恐ろしくてできない。

相手が気にしそうだと思われる話題には出来るだけ触れないようにする。・・・。

片や、「匿名」君として名を伏せてしまえば、ネット上に暴言妄言、誹謗中傷も八方だらけに言い散らし、夜郎自大の「豹変君子」と化す。人間関係の希薄化というよりも通信機能を通じた人格と、生身の人格の分裂を引き起こしてしまっている。


 さらにいえば人間は携帯を手に入れ「退化」の過程にまた歩を進めた感がある。

携帯電話が親戚友人の番号まで記憶してくれるものだから、記憶能力を発揮する場も一つ失われたし、同時に「覚える」という努力をしなくなった。

携帯電話が居場所、行きたい場所への道筋も示してくれるものだから、方向感覚をつかむ、地理状況を頭に入れる、地図を読む、ということさえ放棄した。

落ち合う約束をしても、携帯ですぐ「遅れる」と連絡できるものだから、時間を守るという規範も揺らいできた。

歩道を悠然と歩く前のご仁が邪魔だなと思えば、大抵は携帯メールを読みながら、あるいはともするとメールを打ちながらとぼとぼとやっている。

人の迷惑を顧みず、まじめに歩くという能力さえ放棄しようとしているかに見える。こうして並べてみると、携帯、つまり新しい通信技術を手に入れたことで、人々がこれまで努力して身につけてきた能力や当たり前だと思っていた社会規範ががらがらと音を立てて崩れていっているような気がする。


 さて、問題はここからである。科学技術批判、文明批判をして、「携帯を不携帯するの主義」を主張することは個人レベルでは可能である。

しかしこうも世の中に携帯が普及し、携帯使用を前提としたしくみや、人々の行動が一般化し始めると、携帯を持たぬ者が「普通の生活」を送れなくなりつつあるのが現状だ。

いまや、街で公衆電話を探すのにも一苦労。急に変更されたアポイントにはついていけない。

ホームレス、日雇い生活者にとっては携帯電話を通じて働き口をみつけなければ、日銭も稼げず文字通り干上がってしまう。

こうなってくると携帯はもはや持つ持たないの選択の対象ではなく、ましてや贅沢品などでは決してなく いわば「必需品」なのである。つまりある技術が一般化し、それを前提とした社会規範と人間行動が組み上げられていくと、その技術を利用しない人々や、その枠に入らない人々の「生存権」は脅かされてしまうわけである。


 実は、途上国における「開発」は、携帯電話普及にともなう社会変化とまったく同じ過程をたどってきたのではないか。

物質的には貧しいながらも、のどかな暮らしがなりたっていた途上国の農村に、それまで見たこともない、商品が入ってきた。

さらに目新しい情報が入るようになった。

そうした新しいものに魅かれた村の若者は、進んで街にでるようになった。

そうこうするうちに農業にも新しい品種やらそれまでなかった農法が導入され、その可能性に疑問を抱きながらも多くの人がそれらを採用していく。

少しばかり収穫が増え、収入が増えていたと喜んでいたところ、生産経費がかさみ、土壌劣化が進んだ。家族のあり方や、コミュニティにも大きな変化が生じてきた。

あるとき、こうした社会の産業化、つまり「開発」の波に不安と憤怒を感じ、「いやだ!」と声高に叫び、流れに抗うも、すでに新しい技術と制度で固められた社会の大流の外で生きていく余地は残されていない。

組み上がった新しい社会の中でなんとか漂流してでも生きていくしかない。

出稼ぎにでたり、都市に移住をして自らの労働力を切り売りしながらつましい生活を実現するために努力する。

昔、ひもじいながらものんびりと皆が仲良く暮らしていた村の生活をときおり思い出すも、今となってはそんな過去には戻れない。

とにかく一新された社会条件の中であくせく働くしか方途はない。進歩したのだか、退化したのだか全く分からない。


 途上国に住む多くの人にとって「開発の過程」はきっとこんなだったのだろう。

携帯を所持しない「変人」小子は実感をもって思いをめぐらしている。

 

2013.4